

私は 若い頃から住宅の仕事をしていたわけではなく、最初は警察官としてスタ-トしました。
勤務していたのは熊本県警。上部のはからいで、中央大学の通信教育を受けたり、同時に外事警察要員として朝鮮語も学んでいました。私は国や地域社会の秩序と安全を守る警察官という仕事に誇りをもっており、やめる気は全くありませんでした。それが、今こうなっているのですから、人生は不思議ですね。
「交通法規はわかるけど、木材のことはわからない」そんな一からの出発でした。住宅の仕事に就いて半世紀。「何事も、誰よりも真剣に努力すれば途は開ける」というのが私の実感です。

警察を辞めたきっかけは、叔母の会社で起こった経営上の問題でした。労働問題にも若干詳しかったため、叔母に強く頼まれ、そこに転職せざるを得なくなりました。
私は、やりがいをもって励んできた警察官を辞めることを、最後まで迷っていました。そんな時、一人の上司が言ってくれたのです。
「警官も民間も、地域社会のために仕事をすることには変わりはない。熊本県民のためになる仕事をやりなさい。」
胸がいっぱいになりました。そうだ、どこに居ても、どの分野の仕事をしていても、県民のために何かをすることはできる。警察は人の安全を守るのだから、自分は住の分野で人の暮らしを守る仕事をしよう。そう考えるに至った私は、叔母の会社の問題を約2年で解決した後、宅地造成、住宅建築の仕事を始めました。
折しもその頃、日本各地で「新産業都市」として地域開発が脚光を浴びていました。私も住宅建設を通して故郷熊本の発展に貢献したいと思い、社名を『新産住拓』としました。「新産」は文字通り新しい産業、「住拓」にはベストの住まいを常に探求し、開拓し続けたいという願いをこめました。
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